ミニマリスト。モノを手放して、それから

シンガポールの住環境に適応していくうちに、自然と身についたスキル、それがミニマリストです。狭い、何を買うにしても高い、そしてそれが大量生産の低品質ときたらそれは、買わない、持たない、ヘタったら捨てて取り替える、という選択肢しか残らない。そういう生活習慣を身につけたおかげで、来月引っ越しを控えているんですが、中型スーツケース1つとバックパック1つで済みそうです。最低限の洋服とお化粧品と本、それからスマホと電子書籍リーダーと各種充電機器か。「荷物はまとめて実家に送るの?航空便は高いから船便?」と同僚に聞かれたけど、送るものは何もないよ、全部手荷物で、と言ったら驚かれました。そりゃそうかも。

せっせと箱につめて、いつ着くかも分からない船便でどんぶら運んで、実家に保管してもらって。つまりその荷物は、なくても私の明日や来週や来月の生活には何も困らない、ということだな。じゃあいらないや。と思い切って処分してます。思い出の品も感謝しながら、そっと。不思議なことに、感謝しながらそっと処分すると、その瞬間をたまに思い出します。モノより思い出、ってこういうことかなと。でもその思い出も必要じゃなくなったらなくなるんだろうな。

そうやって、大掃除とまではいかない、毎日の生活で少しずつモノを手放す習慣を身につけていくと、自分の中の頑固さというか、いらんこだわり、みたいなものも減っていって、だいぶなくなった気がする。まあいいか、しょうがない、また次にいいモノ見つかといいな、という、さっぱりとしたあきらめと同時に根拠ないほの明るい未来。そのさらりと手放す感覚が、自分の人間関係に及んで、他人へ執着する感情がなくなってた。大好きだった人からSNSの返信がなくても、10人規模で相談する女子会の予定が意見交換は盛り上がる割にグダグダで進まなくても、職場でイライラしても。

「うん、まあそういうこともある。しょうがない」

って心が勝手に納得するようになった。なんで返信くれないのよ!とか、私の話なんて誰もわかってくれない、とか、他人の存在や感情に執着しなくなって、すごく楽になった。他人は私の思い通りになるわけなんてなくて、私の思い通りになるのは私だけなので、私は私のことをまずはじめに大切にして尊重していこう。

というわけで、ミニマリストになったら、1余分な荷物を移動させなくていいので引越し代がタダになった、2モノを保存して手入れして管理するという時間と手間暇がかからなくなった(使いきってダメになったらすぐに取り替える)、3モノへの執着がなくなって、ヒトへの執着もなくなった。まだまだたくさんある気がするけど、ミニマリストでイイコトはこの3点に集約されると思う。

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