夜のシュエタゴンパゴダ

→初めてのタクシー

シティエリアの散歩は楽しく、本屋で買い物と屋台で軽く食べて満足、よしまだ元気。ということで、日が暮れかけたシティから北上して、かの有名なキラキラの黄金パゴダへ!google mapで検索すると、3キロちょっとの距離。バスで行けたら10円なんですが、バス全然分からない、。シティに向かってくるのは分かりやすくて簡単なんですが、シティからどう経由してどこへ着くのかは、ノーヒントでした。あきらめてタクシーをつかまえて、窓越しにドライバーと交渉します。シュエタゴンパゴダ、ハウマッチ?と聞くと、2500チャット、約250円ということで、オッケーといってバタンと後部席のドアを自分で開けて乗り込みました。この時に即決したのは、旅先では気持ち良く気前よくいきたい気持ちと、宿の受付で、ここからシュエタゴンパゴダまでいくら?と事前に確認した値段と一緒だったからです。3日間で何度かタクシーと交渉して分かったことは、だいたい1キロ1000チャットが目安だということ。3キロちょっとで2500チャットは適正価格ということです。これが分かったのも、google mapでいつでもルート検索をして距離を調べられたため。ヤンゴンでのフリーsimはマストバイです!特にふっかけられることも遠回りされることもなかったです。このタクシーのおじちゃんは、信号で止まるたびにガチャリとドアをあけて、下をのぞきこんでまだバタンと閉めて、を何回も繰り返していたのですが、後から気づいたんですけど噛みタバコをベッと出してたんですね。ここでも歯と歯ぐきが真っ赤。あと、なにもなくてもとりあえずみんなクラクション鳴らす。プー、プップー、ってやけにこのタクシー後ろからクラクション鳴らされるな、なんだろ、と違和感を感じていたら、まさに目の前のおじちゃんが絶えず鳴らし続けているのでした。慣れたら気にならなくなりました。

→ついに黄金のふもとへ!夜も人だかり

無事にタクシーを降りて、目の前に続くのは長い階段とその両脇にずらりと並んだお土産屋さん、そしてその先にはキラッキラのパゴダ!仏塔!階段も屋台もお参りにくる人がいっぱい。子どもや家族もたくさんで、危ないことはなさそうな雰囲気。わー、楽しそう。夜の散歩ができるアジアはありがたいですね。涼しくて歩きやすいし、たまにお酒飲みながら歩くとより一層楽しくなるし。ちなみに女性ひとりで夜の外出が危ない場所に行く時は、夜は部屋でひたすら読書します。それはそれで、読書がはかどって充実した時間の過ごし方だと思ってます。話は戻って、階段のふもとで靴を脱ぎます。持ち運びようのビニール袋をくばってるおばちゃんがいて、100チャットくらいチップとして払うらしいのですが、持ち歩くの面倒だったので、そのへんの道の脇に旅行用の使い込んだパンプスをていっと脱いで置いていきました。誰かのビーサンもたくさんあったし、なくなったらなくなったで、屋台でビーサン買ったらいいや、という気持ちで。いそいそとひとりで階段をてくてくのぼってのぼって、遠い、のぼって、うおお、いよいよー!目の前に!と思ったら、エクスキューズミー、と声をかけられました。

→パゴダは基本的に入場料無料ですから

ちっちゃい木製のカウンターがすぐ横にあって、声かけられなかったら気づかなかった、必要事項を記入して8000チャット払いなさい、と。へー、お金かかるんだ、と思って、いそいそとお金払って名前やパスポート番号を普通のノートに記入して、バッチくらいのサイズのステッカーをもらい、見えるとこに貼って、と言われました。うんわかった、胸のあたりにぺたっと。そっかー、お金かかるんだー、立派だもんねー、名物だし。でもうん?私がカウンターで受付してる間にも、私の後ろをぞろぞろとみんな入っていくよ?現地の人たち?ステッカー貼ってる人、パゴダの周りで全然いなかったよ?ひとりいたかな?あれ?とちょっと考えて気づきました。観光客だとわかる人にだけ声かけてる、。しかも気まぐれに。8000チャット、払ってない人の方が圧倒的に多い!私が外国人でひとりでいそいそ歩いていたから、格好のカモだったんでしょう。むー!ちょっと腹が立ちましたが、仏塔だし、800円だし、お布施だと思うことに。そんなことより、はだしでペタペタと歩く夜の黄金パゴダはとても気持ちがよくて、座り込んで祈りを捧げる人がたくさんいて、祈ることや信じることが生活の一部になっている街なんだな、と感じました。私は巨大なお線香(長さでいったらテーマパークのチュロスくらい)をあげて、いつもありがとうございます、と手を合わせました。

→帰りも引き続きお散歩コース

パゴダの大階段の下にはタクシーがずらりとスタンバイしていて、スーレーパゴダ、ハウマッチ?と聞いたら3000チャットか3500チャットくらいだったので、即決して後部シートにするりと座りました。夕方は渋滞してましたが、夜の帰路は空いていて、スーレーパゴダの前で適当におろしてもらい、宿まで歩きました。パゴダも街中もみんな元気。子どもが車の間でボールを蹴って遊んでました。日本だったら車の所有者に怒られるんだろうな、。と思うと、やっぱり日本は厳しいな、アジアはまだまだおおらかだなとふと思いました。日本で生きるの辛いと思ってる方、ほんっと日本って大変ですよ!辛さや大変さを感じてるのはあなただけじゃないです。私も本当に辛かった。

→日本を飛び出したら、生き辛さはなくなるのか

ここでちょっと話が逸れますが、日本で仕事や生活をしていくなかでの特有の辛さは、アジアで暮らしたらなくなるのか、という自己課題について。もうすぐシンガポール生活が4年目に突入する私の結論はですね「辛さや苦しさは半分に減ったけど、半分は残った」という実感です。これはシンガポールで働き始めて半年くらいで感じたことなんですけど。減った分の内訳は、新人だからという理由で早く出勤して掃除やゴミ捨てやらなくていいし(どこのオフィスにもお掃除専門のおじちゃんおばちゃんがいます)階級が全てで、勤続年数は全く考慮されないので、入社3ヶ月で一人前扱いしてもらえて比較的自由度高く仕事を任せてもらえたこと、外国人だからわからないことあるよね、という考慮があって、顔を上下に振ってうんうんよくわからない!と言ってもいいこと、などです。そして残った半分は、何でも言いたいことから言う、空気読まない、業務系統ぶっちぎって上長の許可なく仕事しちゃう、などの自分の性格によるものです。このままで約30年生きてこられてしまったので、この性格のまま生きていこう、今さら性格変えるのも無理だししんどいし、というぼんやりした覚悟があるので、残った半分の生き辛さは抱えたままでいいかな、と思ってます。余談でした。続きがあればまたの機会に。

 

次回はヤンゴン2日目!電車にゴトゴト揺られて、むしろゆさぶられて、100キロ先の村まで行ってみました。

ここでも初体験や新発見が盛りだくさんでした。

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ゆきの

ゼロからいきなり海外転職も9年目。香港、カナダ、シンガポール、中国で現地採用、起業、さらには大学院留学まで。独学でTOEIC910取得、HSK6級合格。泣いて笑ってそれでも生活は続く、中国深センのリアルな日常を発信します。

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