28歳新卒フリーター女もシンガポールで就職してみた⑩

 「やる気あんのか?ああ? どうなんだよって聞いてるんだよ! やる気ないならやめちまえ!」

新規開店の準備をしていた、真っ白で新しくて誰もいないお店の中に怒号が響きわたった、とある金曜の夜。なんで怒られたのか、もう分からないし、そんなことどうでもよかった。頭のなかがグラグラ揺れてるだけ。上司の気が済んだら解放された。21時を回った頃にバスに乗って帰路に着く。

やっとの思いで家にたどりついた。パソコンを開くと、メールの新着通知が点滅していた。就職エージェントからのメールだった。

『おめでとうございます! 企業から内定の連絡が届きました。内定を受理されますか?』

ですって。うん? お、おお、内定だ。それがスピード内定2社目の本屋さんだった。

どれくらいスピード内定だったかと言うと、内定お知らせメールが届いたのが金曜の夜、その週の月曜に一次面接、水曜日に最終面接、わずか5日で決まった勝負だった。マジかよ。

一次面接は人事担当と店舗スタッフ(後の先輩スタッフ)で、履歴書と職務経歴書について聞かれたり、志望動機を聞かれるものだった。2人とも中華系シンガポール人で、面接中の会話は全て英語。ししもんさんから教わった現地採用の面接必勝法をひたすら実践するのみ。

ししもんさんの現地採用の面接必勝法とはですね、「日本での経験や仕事上で求められる水準がいかに高いかを説明しつつ、それらをクリアしてきたことをアピール」「多文化・多民族国家でも柔軟に対応できます、って言い切る。とりあえず」「この求人案件に提示されている○つの業務内容に私はベストマッチです、具体例を挙げて御社の求める人材像に最適だとアピールする」「私を採用するといいことありますよ、お買い得人材ですよ、と相手に思わせる」などなど。

それらをふまえて、職務経歴書の冒頭に書いてた当時の私の自己PR文をこちらに全文公開しときますね。
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『顧客の高い要求水準や無理難題もクリアしてきた百貨店での経験と、保護者と生徒の両方のニーズに応える学習塾での経験を活かして、貴社の顧客にも必ずご満足いただけるカスタマーサービスを提供いたします。まずはじめに顧客や保護者、生徒の話を細かくヒアリングしてから、その要求や不安に対して正確にアプローチすることで、売り上げや生徒の成績アップを実現しておりました。独学で取得した英語能力は、旅先や仕事場などでの豊かなコミュニケーションを生み出し、それを続けていくうちに、急なトラブルにも的確に対応する能力も身に付けました。ここから得られた経験と、シンガポール国際交流青年団でのボランティア活動、シンガポールでのマネジメント経験を通じ、在星企業の多国籍な職場環境でも状況に合った正確な社内業務を行います。』

これを酒飲み仲間のイギリス人友人に英語翻訳してもらい、英語版を丸暗記。面接では小出しにしながら、必死にアピール。口頭でちょっとくらい伝わらなくても、面接官の手元には完璧な英文があるのだから、理解してもらえる。どんなにつっかえても、簡単な英単語しか出てこなくても、とにかくあきらめずに伝えようと粘った。そしたら最終面接につながった。わずか2日後に。

最終面接では、社長、人事部長、店舗責任者、あと日本人駐在員もいたけど、日本人がいちばん発言少なかった。後にしこたまお世話になる大先輩だ。

日本のマンガは何が好き? この前、きゃりーぱみゅぱみゅがシンガポール公演したけど行った? 日本の家族は元気にしてるの? などなど、主に社長から簡単な質問を受けた。社長はプラチナみたいな髪の色をした上品なおじいちゃんだった。この面接での会話も全て英語。

ほかにつっこまれたのは「今の仕事はなんで辞めたいの?」とか。当たり前ですよね、聞きたいですよね。
辛いと言わずにどうやって辛いと伝えようか。2度目の転職活動を決意した時から考えていたこと。そして思いついた。
「売り上げノルマがきつくて、達成しないと怒られます。そして、個人で月間100万円売り上げ達成したら、ボーナス1万円もらえるんです」

Oh no.., っていう空気に面接官たちが包まれた。お金に鋭いシンガポール人エリートたちは、労働の負荷とそれに伴う価値設定の低さを感じてくれたようだった。「それはしんどいねえ」となったようだった。やった。

そして何より、この人たちと一緒に働きたいな、この会社に貢献したいな、と十分に思える面接の時間だった。そして2日後に内定通知。こんなにスムーズにいっていいんだろうか。ああ、これまでが障害物多すぎる競争だったみたいだからか。これでいいんだ。あきらめなくてよかった。

 というわけで、翌日に上司に退職届を提出した。
「やる気ないならやめろって言われたんで、やめます」ってさらっと言ってみた。
上司はいつもの怒りをすぐに引っ込めて、「なんで? もうちょっと一緒にがんばろうよ?」とものすごい引き止めにかかってきた。全然理解できなかった。私の理解の範疇を越えてしまったので、一気に意識が飛んで、DV夫ってこういう風に殴って謝って介抱してまた殴るのかな、いや結婚したことないけども、とか思ってしまった。

上司の猫なで声たっぷりの説得は続き、「俺が君くらいの年齢の頃はもっと苦労してね」「まだまだこれからじゃない。君の力が必要なんだ」などなど。フォー。お前の苦労話どうでもいいわーと内心毒づきながらうつむいて耐えた。
「で、いつ辞めていいですか?」と笑顔で確実に押し切った。

1時間ほどで解放されて通常業務に戻ったけど、それからしばらく説得メールは来たが、雇用契約書に従って退職日を設定し、無事に退社できた。40日間のエリアマネージャー業務。よかった。

今になって振り返ってみると、2社目に採用してもらえたのは1社目のエリアマネージャーという肩書きとシンガポール就業実績があったからであるわけで。日本から仕事探しにやってきて「現地就業も業界も未経験ですが、やる気だけはあります」では書類審査で落ちてたかもしれない、とも思う。

そして風の噂で、当時の上司は上層部とケンカしてシンガポールからいなくなったとかなんとか。その日系美容サロンもライバルがどんどん上陸してきてしのぎを削りあい、店舗も減って大変そうだった。

こうして2社目の現地採用、新生活が始まった。2014年6月、シンガポール在住わずか3ヶ月での出来事でした。

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ししもんさん視点のゆるゆるまったりシンガポール現地採用暮らしの様子はこちらでお楽しみいただけます。
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