28歳新卒フリーター女もシンガポールで就職してみた⑨

 念願の就労ビザを(会社が労働局に)4月末に申請して、約2週間後に政府から就労許可がおりた。
 2014年5月、いよいよシンガポール現地採用生活が始まった。日系美容サロンのエリアマネージャー、という役職。美容業界もマネージャーも未経験。大丈夫かな、わたし。

「おはよー! あ、あなたが新しいスタッフね! 私、クリスタルって言うの。朝ごはん食べた?」

 出勤初日の緊張しまくりの私に笑顔で話しかけてくれたクリスタルは、ばっちり1時間遅刻してきて、さらりとタイムカードを打刻した。「じゃ、私ご飯買ってくるねー。ほかに食べる人いない? まとめて買ってくるよー」その場にいたスタッフに声をかけて、大きなトートバックをサロンのカウンターの内側にどさりと置いて、お財布とスマホだけ持って出ていった。マジかよ。

 こんな感じで、お店のスタッフは全員シンガポール人。中華系9にマレー系1、みたいな割合で、そういえば毎日マレーシアから長距離バスで片道2時間かけて通勤する中華系マレーシア女子もいたな。なので、おしゃべりはけたたましい中国語。そしてそれが1日中続く。よくそんなにしゃべることあるな、と関心するくらいみんな元気におしゃべりに興じていた。たまに静かだなっと思うときは、それぞれのスマホやタブレットで韓流ドラマにフル集中していた。退勤1時間前になると、巨大ポーチをおのおの取り出して、メイク直しの時間。キンキンに脱色した髪は、ていねいにストレートアイロンをかけていた。
 遅刻早退休憩がスーパーフリーで、日本人上司(男性)が来る時だけ一生懸命働く。その日本人上司も、若い女の子たちには良い顔するけど、上司から私への会話全体は、なんていうか、厳しかった。

 朝8時出勤、帰宅するのが10時すぎで、それを週6日。残り1日の休みの日にも、会社支給のスマホに早朝から深夜までおかまいなしに電話してくる。出なければ、翌朝ガミガミと責められる。「君って人のことイライラさせる才能があるよね? よく言われない? 言われないかって聞いてんだよ! やる気あんのか!」といった罵詈雑言の数々。

「いちいち聞かないでくれるかな? うちの会社はゼロベース思考なんだよね」
「なんでそんな大事なこと電話しなかったんだよ! ボケ!」
「お客さんがうちのこと訴えるって言ってるから。対応よろしく」

 初めての業界で、初めての役職で、初めての典型的なパワハラだった。初体験の連続で体も心も毎日痛めた。勤務開始から1ケ月経過しないうちに、体重がゴッソリ減って、「そうなんだ、やっぱり私ってダメなのかも」と精神攻撃による無意味な自己嫌悪に襲われて、ずっとめまいがしていた。

『もうダメです。しんどい、やめたい』
『現状から抜け出すための転職アドバイスならできるけど、ただのグチならほかの友達に言って』

シンガポールで唯一の友達、ししもんさんに思わずSOSのメッセージを出したら、その返事にハッとした。

 このままじゃいけない。あきらめたくない。もう一度挑戦したい。

 本能が警告を鳴らし始めた。仕事を辞めて日本に帰るのは簡単だけど、どうしてもあきらめられなかった。瀕死の頭と体で必死に転職活動を再開。平日休みを利用して、新たに就職エージェントに行って、新規登録とコンサルテーションをまた繰り返した。
 今回はシンガポールでの就労経験というアドバンテージが効いたらしい。前回の行った瞬間に門前払いの面接とは違って、どこでも好印象だった。「いきなりエリアマネージャー? すごいね」ですって。いやいや、パワハラ上司の悪態に耐えてるだけですよ? 就労経験っつっても数週間ですよ? とは思いつつも言わない。

 就職エージェントはプロで、私が内定もらうことで収益をあげるので、内定をもらえる確率が高そうな求人案件を提案してくる。日本での職歴と現職がサービス業であるため、やはりサービス業の店舗スタッフをいちばんにすすめてくる。和食レストラン、お土産やさん、本屋さん。本屋さん? 面白そうだけど、飲食店に比べたら人気高そうだな。本は好きだけど、業界未経験だし。エージェントの人はとにかくなんでもいいから、私に内定取ってほしいんだろうな。
 でも今の状況から抜け出すためには、贅沢は言ってられないと、エージェントに手配してもらった面接は全部受けた。

 結果、悪戦苦闘した前回に比べたら、あっけないほどにスピード内定をゲット。日系レストランのローカル社員の教育係、みたいな業務内容だった。レストランの店長に「俺たちの最終目標は和食でニューヨーク出店だからさ、一緒に頑張ろう!」って言われて、ハイ! ってその場で即答しちゃって。よし、心機一転がんばるぞ、とか内心決意、してみたものの。

 帰り道にふと「私さ、和食レストランでニューヨークを目指すために、シンガポールに来たんだっけ?」と日本の家族と友達に質問を投げかけたら、全員一致でノーという返信。そりゃそうですよね。
 翌日、すいません内定辞退します、と担当の人に断りの電話をかけた。すごく残念がられたけど、気が変わって内定辞退というのはよくあることらしく、双方穏やかに電話を切って終わった。

 その頃もまだ美容サロンでの仕事は続けていて、上司からの言葉も激しくなる一方だった。ひどいとかつらいとか、そういう感覚がとっくに麻痺していた。内定ゲットの喜びも、辞退してしまえばプラスマイナスゼロなわけで。

「あきらめたくない、もう少しだけやれる」意味不明な気合いで、毎日を必死に生きながらえていた。

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ししもんさん視点のシンガポール現地採用暮らしの様子はこちらでお楽しみいただけます。
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友人ヒロセさんと共著した、どローカルグルメガイドも出版しました。
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