28歳新卒フリーター女もシンガポールで就職してみた③

第二章

さて何をしようかと、毎日のように情報収集。具体的に何をしたかというと、つまりグーグル検索。
私の経験や能力で今すぐできることで、ワクワクできて挑戦があって、今よりもお給料が上がること。何があるかな、何ができるかな。

検索の毎日で見つけたひとつが、ボランティア通訳募集。鹿児島県青年交流プログラムというもので、シンガポール人が5人、私の街にやってくるらしい。よしきた、これだ! 思った瞬間に応募して参加決定。
それから1ヶ月後、シンガポール人5人と私を含む地元ボランティアチームは、県内を一緒に回った。長島でぶりの養殖場でエサやり体験をしてブリ刺し定食を食べたり、川内戦国村と呼ばれる甲冑や鎧兜を展示している巨大資料館で武将の格好したり、まち歩きツアーの日には繁華街である天文館や鹿児島中央駅を散策した。そういえば、彼らの滞在中にたまたまハロウィンがあって、コスプレした大人が颯爽と歩いている様子を見て驚いていたっけ。
ガイドをしている間の会話は全て英語でなんとかやりきった。5人全員が中華系シンガポール人だったので、仲間同士の会話はときどきパチンと中国語に切り替わっていた。器用だなあ、と感心したことを覚えている。

5人のうちでいちばんしっかり者の姉御キャラ、リンが私にどしどし質問してきて、私が必死に考えながら英語で答える。定食の小鉢やお漬物や、刺身に添えられている大根や大葉といった食べ物の一つ一つから、最新版日本のハロウィン事情まで、「これはなに?」「じゃああれはなに?どう違うの?」などなど、結構厳しくつっこまれた。リンはうんうん、とうなずいて、周りの4人に中国語で説明して、4人がうんうん、ってなる。ホントにみんな分かってるのかなって、見ていて面白かった。

英語なんて、大学時代の貧乏バックパッカーで現地でむりやり身につけた程度のものだった。私はコレを「野良英語」と自称していた。そのへんにあるものを、拾い集めてつないで体得したとにかく伝えたいことを伝えるためだけの能力。だけど彼らの言ってることはよく分かったし、私の説明も通じていたみたいだった。彼らとのおしゃべりや一緒に過ごした時間は、すごく楽しかった。ずっとワクワクしていられたからだと思う。

話して話して、テンションがどんどん上がって、最高潮に達した瞬間にリンに聞いてみた。

「私、シンガポールに行ったら仕事見つけて生活できるかな?」

「caaaan! cancan!!」

リンは笑顔で即答してくれた。
そうか、canなのか、と上がりきったテンションとその場の勢いで自信をつけてしまった私。cancanと言われたその時は全然知らなかったのだけど、これはシングリッシュと呼ばれるシンガポール人特有の言葉選びだった。できるよ! という本来の意味ももちろんあるけど、意味はだいぶ置き去りにされていて、ご飯食べる? と聞いてもcan、これ好き? どう? と聞いてもcan、質問の返事はいつもcanから。いいね、オッケー、とか相づちとか、日本語でいう「大丈夫!」みたいなスーパーフレーズというか。

これが私とシングリッシュの初めての出会いで、この一言でシンガポールで仕事を見つけて暮らそうと決めた。

その日からの半年間は、ひたすら準備に費やした。
準備とは何かというと、またしてもグーグル検索を続けまくったのだった。

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